2023年03月10日

赤い靴はいてた女の子の像は、全国に8体有る!?

赤い靴の女の子母子像by二へドン2016年03月31日(木)
14:35 清水船越堤公園を出発
     しました。
14:55 日本平パークに到着。
ここでも桜を見るのですが、日本
平山頂に、写真の様な母娘の像が
有りました。像の名前は「 赤い
靴母子像 」です。この像を初め
て見る人は、大抵ビックリしま
す。「 え? 赤い靴の女の子っ
て、横浜の山下公園にいるよ
ね!? 何で日本平にも? 」
はい。恐らく、赤い靴の女の子の
像は、山下公園の物が1番有名だと
思います。大抵の人が、女の子は
横浜港からアメリカに向かって出
航した筈だと思っていますから
ね。 令和生まれの子供たちは、
もしかしたらこの歌を知らないか
もしれませんが、二へドン達、昭
和生まれの人間なら童謡「 赤い
靴 」を誰でも知っていると思い
ます。 野口雨情の作詞で、歌詞
はこうです。
「 赤い靴 はいてた 女の子
  異人さんに つれられて 行っちゃった
  横浜の 埠頭から 船に乗って
  異人さんに つれられて 行っちゃった
  今では 青い目に なっちゃって
  異人さんのお国に いるんだろ
  赤い靴 見るたび 考える
  異人さんに逢うたび 考える 」
日本平の「 赤い靴母子像 」の下には、この歌詞の最初の一節が刻まれています。
二へドンは子供の頃、この歌詞が、とても怖かったのです。
「 異人さんにつれられて『 行っちゃった 』 」の『 行っちゃった 』に、とても
恐怖を感じました。「 行きました 」ではなく、『 行っちゃった 』なんですよ。
何かしでかしちゃったと言う感じが濃厚に出ていませんか?
普通に行ったのなら、「 行きました 」ですよ、絶対!!
連れられて行ったのが、誘拐されたか、拉致されたか、人身売買されたか・・・・・・。
「 赤い靴 」の歌詞には、今度のGWには家族でハワイに遊びに行きましょうみたいな
お気楽なニュアンスは全く感じられませんでした。
日本人がアメリカに行って長く暮らしていると、目まで青くなってしまうなんて!
カラーコンタクトなんて無かった時代の二へドンの子供時代には、目が青くなってしまうの
も、とても怖く感じました。
この「 赤い靴 」の童謡には、モデルがいるのか、いないのか、議論が有って、本当の事
は分かりません。アメリカ人に連れられてアメリカに行った女の子がいると言う、野口雨情
の歌の影には、小説家・菊池寛の書いた物が有ります。菊池寛がフィクションを書いたのか
もしれません。菊池寛は、「 赤い靴はいてた女の子 」と言う本を現代評論社から出版し
ました。 絶版になって久しいので、今この本を探し出すのは至難の業かもしれません。
要約すると、
赤い靴を履いた女の子の名前は、岩崎きみ。明治35年( 1902年 )に静岡県不二見村
( 現在の静岡市清水区 )に生まれました。 だから日本平に、赤い靴母子像が有るので
す。母親の名前は岩崎かよ。 かよが18歳の時に、きみを産みました。父親は誰か分からな
い私生児でした。きみが生まれた時には、既にかよの両親はおりませんでした。死別したの
か、どこかで生きているのかは分かりません。母子2人は函館に移り住み、かよはシングル
マザーとして働きながら、きみを育てます。その後、かよは鈴木志郎と言う男性と結婚しま
す。鈴木志郎の出身地が青森県鰺ヶ沢町なので、鰺ヶ沢町には、志郎とかよと、きみの親子
3人の像が有るそうです。 ( 今度見に行かなくちゃ! ) 夫婦は、北海道開拓団に参加
する事にします。過酷な開拓生活に、小さなきみを連れて行きたくなかったので、アメリカ
人宣教師のヒュエット夫妻に、きみを預けます。 なので、函館にも赤い靴の女の子の像が
有るそうです。( 今度、確かめに行かなくちゃ!) 
 ヒュエット夫妻が童謡の歌詞の「 異人さん 」なんですよね。きみは、異人さんの養女
になりますが、アメリカから帰国命令を出されたヒュエット夫妻はきみを連れて行こうとし
ますが、きみが結核に罹り、渡航する事が出来なくなりました。結局、夫妻だけが船に乗
り、きみは日本に残留します。 きみは麻布の孤児院に預けられ、そこで亡くなってしまい
ます。 ですので、麻布にも赤い靴の女の子の像が有るそうです。 この像の下には
「 この地に眠ります 」と書かれているそうです。( 今度見物に行かなくちゃ!)
でも、酷い話じゃないですか?
実の母親に捨てられ、養父母にも捨てられ、孤児院でたった1人で死んだ9歳の女の子が、
「 赤い靴の女の子 」の正体だったのです。 2組の大人が、大人の勝手で、子どもを捨て
る話なんですよ。 子供がまだ小さいのであれば、開拓団に入るのを延期しても良かったん
じゃないでしょうか? アメリカから帰国命令が出たのなら、養女が結核に罹っているの
で、帰国を先延ばしにして貰えないか、お願いする事は出来なかったのでしょうか?
今だったら、ネットで炎上する案件ですよ。
僅か9年の人生で、2度も大人に捨てられる女の子って、一体何!?
このストーリーを知ってから、日本平の像を見ると、「 けっ! 手なんか繋いじゃって。
どうせ捨てたくせに。」 と女の子が心の中で思っている様な気がして仕方ありません。

昭和54年( 1979年 )に除幕された山下公園の赤い靴の女の子は、じっと海を見詰めて
います。野口雨情が「 赤い靴 」を発表したのが大正11年( 1922年 )です。
野口雨情も、まさか日本のあちこちに、赤い靴の女の子の像が作られるなんて思いもしなか
った事でしょう。 横浜駅の自由通路にも、待ち合わせの目印として、赤い靴の女の子像が
作られました。かなり小振りなので、人混みの中で気付かずに通り過ぎている方も多くいる
様です。 像の背後のガス灯が目印です。この像の下には、金色のプレートが嵌め込まれ、
「 赤い靴 」の歌詞が書かれています。
何でも平成22年( 2010年 )には、女の子をアメリカに連れて行ってあげようと、
サンディエゴに女の子の像が設置されたようです。

現在ではこの様に、色々な場所に「 赤い靴の女の子 」が存在していますので、
皆さんも探してみて下さい。

*****「 赤い靴はいてた女の子の像は、全国に8体有る!? 」 ・ 完 *****
  


Posted by 二へドン at 21:58Comments(0)彫刻、オブジェ、変な物