2021年11月04日

あら、ここにも諏訪神社が!「 綱島諏訪神社 」。

綱島諏訪神社の社殿by二へドン
2021年02月12日(金)
この日は午前中に大倉山公園の梅林を見て、「 平 」で魚の定食ランチを食べ、午後は
師岡熊野神社を参拝しました。 まだまだ余力の有る二へドンは、綱島街道を歩き、
いつも神社の屋根だけ見ていたものの、まだ1度も参拝した事の無い神社が気になったので
参拝してみる事にしました。 綱島街道から神社の屋根が見えるものの、正面入り口が
綱島街道に面していないので、坂道を登って行く事になります。 16:27 の到着でした。
「 綱島諏訪神社 」でした。 
石の柱2本に注連縄が張られている「 古鳥居 」が立っていました。
御祭神は建御名方命( たけみなかたのみこと )。
建御名方命は、高天原から、地上の支配権を譲り受ける為に建御雷( たけみかづち )が
やって来た時、これに応じず、建御雷と戦う事になります。 しかし勝てず、信濃の諏訪まで
逃げ、国土を譲り渡す事に同意した後、諏訪の神として祀られた神様です。
04月10日に神明社( 境内に小さなお社が有ります。) 例祭が行なわれ、桃花祭と呼ばれ
ている様です。  看板に書かれている事を要約すると、
「 天正( 1573年 )の頃は、近藤五郎右衛門正次を首領とする甲州武田の家臣が各々
  領有していた。 家臣団は信玄に倣って信濃の国諏訪明神を深く信仰していた。 
  慶長10年頃( 1605年頃 )諏訪明神を勧請して当社を創建したと伝わる。
  昭和26年07月10日 不審火により焼失。
  昭和48年現社殿 竣功。

ふーん。 まさか横浜市内で武田氏に因んだ神社にぶつかるとはね。
だから、街歩きは面白くて止められないんですよね。

社殿の裏方に回ると、ポツンと1つ、「 月山湯殿山羽黒山 」の供養塔が1基置かれて
いました。 寛政11年と刻まれています。 1799年の年号ですね。
綱島街道から境内に向かって坂道を登り切って直ぐ左手に稲荷社が有ります。

東急東横線綱島駅から、綱島街道を歩く度に、神社の屋根が見えて気になっていたのが、
この日にやっとお参り出来て良かったです。 ご朱印を頂きたかったのです、本当は。
境内に人が住んでいる様な建物が有り、中から子供の声が聞こえて来たのですが、
時間的に16:00 過ぎていたので、声を掛けるのを遠慮しました。
またお参りする機会が有る事を祈っています。

*****「 あら、ここにも諏訪神社が!「 綱島諏訪神社 」。 」 ・ 完 *****
 




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Posted by 二へドン at 03:56│Comments(0)神社仏閣
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