2021年02月09日
キプロス紀行 ~ ヒロキティア遺跡はまだ続くのです。(笑)

前回の記事で、ヒロキティア遺跡は見納めと
書きましたが、まだ写真有りました。(笑)
1枚目の写真は、現地に設置されている
説明版です。 このイラストを見れば、百聞
は一見に如かず。 言葉で説明すると
「 ヒロキティア遺跡の重要性は、集落を形
成していたと云う事だけでなく、その共同体
を守る為の城壁を張り巡らせている事。
組織化された機能的社会が存在していた
事を窺わせる。 」となります。
言葉だけで説明されると分かった様な分から
ない様な感じですが、イラストを見たら、何
を言わんとしているか、よく分かりますよ
ね。 集落を守る為に、草木や日干しレンガ
や石を使ってぶ厚い壁を造り、しかも城壁の
入り口から一直線に住居に行かれず、ぐるり
と迂回する様に通路が造られている。 この
考え方は、江戸時代のお城の造り方と、さし
て変わらないではないですか! 新石器時代
の人間が、こんな知恵を持って外敵から身を
守っていたなんて驚きです。 現代の私達の
方が頭悪いみたいな気がします。 石器時代
の人間は野蛮と思っている人が多いのは

無 」から「 有 」を作り出した創造性に
溢れた人々なのです。 丘の斜面と言う限定
された土地の中で城壁で囲むので、家と家は
密集しています。
Department of Antiquities と云うサ
イトに掲載されている写真が秀逸なので、是
非ご覧になって下さい。 集落を真上から撮
影した写真を見ると、集落の全貌が分かりま
す。 もう1つ見て欲しいのが発掘された埋
葬された人の骨の写真です。 円形の穴の中
に両腕両脚を折り曲げて胎児の様に縮込まっ
ています。 端には土器も置かれていて、死
者に対する敬意の念が見てとれます。 例え
ばチンパンジーやイルカが、どんなに賢いと
言われても、死んだ家族や仲間の埋葬はしな
い訳ですよ。 墓地からは偶像や祭礼用の什
器などの副葬品が出土しています。 祭礼と
いう事は、宗教の様な考え方が既に有ったの
ですね。
人々は簡単な農業や牧畜などで生計を立
てていた様です。 日本では「 縄文人は何
処から来たか?」とか「 弥生人は何処から
来たか?」と言う疑問が有りますが、キプロ

て、その時にキプロス島には存在しなかった
食用植物( 実の成る樹木等 )や動物を持
って来た様です。 人類が文字を使用する前
の先史時代・紀元前 7000年から紀元前 4
000年の遺跡が良好な保存状態で残っている
本当に奇跡の様な遺跡です。 何度も言いま
すが、二へドンがキプロスで1番ワクワクし
た場所が、このヒロキティア遺跡なのです。
アルファベットでは Khirokitia 或いは
Choirokoitia と書きます。
残念ながら日本人の観光客の中には、
このヒロキティア遺跡を「 つまらない 」
と言う人が少なからずいます。 いや、遺跡
がつまらないのでは無く、貴方の興味が無く
て、貴方の頭の中がつまらないのでしょう。
楽しみたい方はテーマパークでも行って行っ
て下さいよ~。 二へドンは旅行会社の企画
者に言いたい。
「 ヒロキティア遺跡は絶対に外すな!!」
あ、さて2枚目の写真は、ヒロキティア
遺跡の何度見ても素晴らしい城壁。
そして 3枚目の写真がヒロキティア遺跡の
遠望です。 こんな景色、フランスやイタリ
アの片田舎にも有りそうですよね。 この景
色だもの、高速道路から見えると言われても、なかなか気付きませんよね。
*****「 キプロス紀行 ~ ヒロキティア遺跡はまだ続くのです。(笑)」 ・ 完 *****
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Posted by 二へドン at 18:19│Comments(0)
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