2021年01月29日
キプロス紀行 ~ この土台、どうだい?

ヒロキティア遺跡の敷地内は、現在は花壇が
あちこちに作られていて、綺麗な花々が咲き
観光客の目を楽しませてくれます。 自然が
豊かなので、鳥の囀りも大音量です。
1枚目の写真は、敷地内で見つけた胡椒
の木です。 皆さんもご存知と思いますが、
昔は胡椒は「 黒色のダイヤモンド 」と言
われていました。 ピペリンと言う胡椒の成
分が冷蔵庫の無かった時代には防腐剤代わり
になっていました。 肉の臭みを取る調味料
としても欠かせませんでした。 現存の資料
では約 2,500年前( BC 1500年頃 )
インドで生産された胡椒が古代ギリシャで医
薬品や食用として使用されていた事が分かっ
ています。 約 1,500年前の古代ローマ時
代でも胡椒は貴重で、その保有量が権力と財
力の証とされていました。 胡椒は「 スパ
イスの王様 」とも呼ばれます。 胡椒の原
産地は南インド。 アラビア海に面するマラ
バールと言う地方です。 紀元前にはインド
の主要な輸出品でした。
シルクロードを経て入手する胡椒は、
ベネチア商人やギリシャ商人等を介して

胡椒と銀( 金と書いて有る文献も有り。)
は同じ重さが同じ価格で取り引きされていた
様です。 ギリシャ商人が関わっていたとす
ると、このキプロスにも当時沢山の船が胡椒
を積んで寄港したのだろうなあ、と胡椒の
木 1本を見ても色々考えてしまう二へドン
なのでした。 バスコ・ダ・ガマが発見した
インド航路は、シルクロード経由の胡椒より
60倍も安く買えたそうです。 バスコ・
ダ・ガマは庶民の味方! 学校の授業でも
こういう風に教えてくれたらバスコ・ダ・
ガマの偉業を実感出来たのに。
「 バスコ・ダ・ガマ、インド航路発見。
覚えなさい。」って、つまらない授業
だったなあ。
さて、2枚目の写真は、行きませんでし
たが、遥か上の方まで続いているヒロキティ
ア遺跡の丘です。 資料には遺跡について
「 キプロスの丘の斜面を有効に使って建て
られた住居跡 」と記されています。 文章
を読むだけで、丘の有効利用が理解出来る人
はいないと思います。 実際に現地に行って
下から上を見上げて初めて、この城壁が

目で見る事が出来るのです。 この遺跡、
空港の有るラルナカからレメソスを繋ぐ高速
道路からも見る事が出来ると言うのですが、
初日ラルナカ空港からキプロス観光を始めた
のに全く気が付きませんでした。 日本でも
近くの丘が実は古墳だと知り驚く様な感じで
しょうか。 知識は無いよりも有った方が、
見る物聞く物、全ての楽しみが倍加します
ね。
3枚目の写真は、住居跡の丸い土台で
す。 現地で「 この土台、どうだい?」と
言う昭和なオヤヂギャグが頭を過ぎりました
が、この事をツアーの仲間に言うと、瞬間、
村八分にされると思ったのでぐっと呑み込み
ました。
この遺跡は1934年にキプロスのポルフ
ィリオス・ディカイオスと言う人に依って発
見され、1934年~1946年の間に6度の発掘
調査が行われました。 Journal of
Hellenic study( ヘレニズム研究誌 )
の1934年に記事が掲載されたそうです。
この発掘もトルコ軍のキプロス侵攻で中断。
軍事行動は人類の研究活動の妨げでしか無
い。 本当に辞めて欲しい。
*****「 この土台、どうだい? 」 ・ 完 *****
キプロス紀行 ~ さようなら、キプロス共和国。 また会う日まで!!
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Posted by 二へドン at 15:03│Comments(0)
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