2021年07月11日

秩父15番札所「 少林寺 」。

秩父15番札所・少林寺by二へドン2021年02月17日(水)
午前中からずっと西武秩父駅から
徒歩圏の神社仏閣巡りをしていま
した。パリ―食堂でチキンライス
の昼食を食べてから、午後一番で
お参りしたのは写真の「 少林寺 
」でした。秩父の15番札所となっ
ていて山号は「 母巣山 少林寺
 」で、宗派は臨済宗建長寺派。
秩父鉄道の踏切を渡ると、目の前
が直ぐ、境内への階段と言うロケ
ーションです。12:55に着きまし
た。 本堂の扉は閉められていた
ので、外からお参りしました。
  境内はあちこち工事中で、敷
石が積み上げてあったり、余り美
しい感じでは無かったので、撮っ
た写真は1枚だけです。
  本堂の右手に半僧坊大権現の
お堂が有ります。説明書きに拠る
と「 鎌倉・建長寺の山頂にある
 半僧坊様のご分身をいただき
 お祀りしてあります。仏法を守
 護し勝負・飛躍をはじめあらゆ
 る功徳をもたらすとされ、
 『 秩父半僧坊大権現 』は火
 伏せ、厄除けに御利益があると
 信仰されております。
 」
また、こんな説明板も有りまし
た。
「 15番札所はもと秩父神社の傍にあった蔵福寺でしたが、明治維新の際、
  廃寺となり、この少林寺が札所をうけついだものです。
  本尊は十一面観世音。 
  明治17年の秩父事件で殉職した窪田、青木両警部補の墓もここにある。

二へドンは、ここに来るまで、秩父事件の事を知りませんでした。
殉職警官のお墓は、境内に上がる階段の途中の右手に在る、小さなスペースに有ります。
秩父事件に関する案内板も有りました。曰く、
「 明治17年( 1884年 ) 吉田町の椋神社に 3,000名が蜂起。
  その後小鹿野町に入り、高利貸しを襲いつつ、02日に大宮郷( 現秩父市 )に
  入った。 この時、困民軍は1万人に膨れ上がっていた。
  軍隊の出兵によって鎮圧。 一部は上州、信州へと侵入。
  野辺山の戦闘で完全に解体した。
 」
この秩父事件について補足説明をすると、
秩父事件とは、政府の悪政を批判し、貧民の救済を訴えて起こした、日本近代史上
最大の農民蜂起です。 秩父困民党軍は、西南戦争で西郷軍が押し立てた
「 新政厚徳 」の旗を揚げて行進したそうです。
椋神社は埼玉県皆野町にも有る様ですが、秩父事件の蜂起の現場となったのは
旧・吉田村、即ち現在の埼玉県小鹿野町の椋神社です。
小鹿野町に3泊4日も居て、椋神社に行かれなかったのは後悔の極みでした。(泣)

寺務所で御朱印を頂いている間に、ヤクルト・レディーがやって来たので、
ヤクルトを1本だけ購入して飲みました。 ちょっとお喋りをして、
ああ、これが旅の醍醐味だなあ、と嬉しくなりました。


【 お寺 DATA 】
名称 : 母巣山 少林寺
住所 : 埼玉県秩父市番場町 7 - 9
電話 : 0494 - 22 - 3541

*****「 秩父15番札所「 少林寺 」。 」 ・ 完 *****

  


Posted by 二へドン at 23:55Comments(0)神社仏閣